季節は冬。
そんな時季に出る新刊絵本、
『だれのものでもない岩鼻の灯台』。
灯台が主人公の絵本です。
シチュエーションは海だし、
夏に出したほうがよかったのだろうけど、
まぁなんやかんやで冬にズレこみました……。
山下先生と初めてご一緒したのは、
『うらしまたろう』。
(日本の昔話えほん 6 /あかね書房)
その前に描いた絵本でイロイロあって
絵本がヤになっていたわたしに、
「好きなように描きなさい」
「一枚一枚自分の作品だと思って描きなさい」
と山下先生は言って下さった。
どれほど心強かったか。
どれほど励まされたか。
『うらしまたろう』を描くことで
「絵本って楽しいかも」と思えたのだった。
あれから約5年。
『だれのものでもない岩鼻の灯台』のラフを見て、
「これでいいよ。まかせるよ」と山下先生。
それから、つづけてこうおっしゃった。
「あなたは絵がうまいっていうのはもう知ってるから。
だから、今回は肩の力を抜いて描いてごらんなさい」
『あずきとぎ』と『さくらいろのりゅう』を描き終えて、
この先におとずれるであろう
「息苦しさ」の予感があった。
このままいったら
近いうちに行き詰まるに違いない。
自分の絵に飽きる予感、とでも言えばいいのか…。
それでも、
わたしに仕事の依頼を下さる方々は
『いるの いないの』を見て、
あるは他の既刊本を見て、
依頼して下さる。
口に出して言わなくても
「こういう感じで…」
とイメージされているだろう。
期待されているのだろう。
この先ずっと
この絵で答えていかなければいけないのだろうか。
それっとどうなんだろうか。
やっていけるだろうか。
そんなことを考えてる頃だったのだ。
山下先生は何でもお見通しなのだな・・・。
先生が指摘した通り
「肩の力を抜いて」描けたらどんなにいいだろう。
でも、
「そうですか!
じゃあ肩の力を抜いて描きますね!」
と言えるような簡単な課題ではない。
だって、肩の力を抜いて描いた絵が
どんな絵なのかわからないし、
だいたい、
どうやって肩の力を抜いたらいいのか
全然わからない……。
先生は
「何年かかってもいいよ」
とおっしゃった。
この課題が難しいことをご承知なのだ。
嬉しい。
けど、困った。
どうしよう。
肩の力を抜いて描くにはいったい……。
どうしていいかわからないから、
とりあえず画材屋で
今まで使ったことのない紙など、
新しい素材を買ってきた。
一ヶ月ぐらい、
あれこれやってみた。
画材を変えたら
そりゃあ絵の雰囲気は変わる。
当然だ。
でも
先生のおっしゃったことは
こんな簡単なことではないはず。
もしこれでいいのなら
「今回は画材を変えてみたら?」
と言えばすむことだし。
そうじゃない。
もっと根本的なことなのだ。
うーん困った・・・。
先生は「何年かかってもいい」
とおっしゃってくださったけど、
出版社のほうは
「夏発売予定」を「秋発売予定」に
変更してくれただけだったし、
編集者からも、
「どうですか?」
という電話が何度となくかかってきたし…。
まぁね。
会社だから仕方ないのかな。。。
時間は気にせずやってみなさい、と言う山下先生と、
早く早くとにかく早く、という出版社に挟まれ、
どうしようかなー……
と途方にくれていた時、
第二の救世主(?)某さんがわたしに言った。
「いいじゃないですか、がっかりさせちゃえば」
わたしは期待に答えよう、答えたい、
とばかり思っていた。
依頼してくれたヒト達の
期待に答えねばと思っていた。
いままでの絵をイイと言ってくれた読者の人達を
がっかりさせてはイケナイと思っていた。
山下先生はそれを察知された。
だから、
「肩の力を抜いて」
と言って下さった。
先生がせっかくそう言って下さったのに、
それでもまだ、
今までの「評価」を守ろうとしていた。
そんなわたしの背中をやさしく押すのではなく、
力いっぱい突き飛ばしてくれたのが某さんの言葉。
「がっかりさせちゃえばいいじゃないですか」
そうか。。。。
がっかりさせちゃえばいいのか。
編集者も読者も
みんながっかりさせちゃって・・・・
そうかそうか。
もういいや。
なにを言われてもいいや!!
なんだかそれでふっきれて、
そこから一気に描くことが出来た。
高校野球で、
初めて甲子園のマウンドに立って、
緊張して堅くなってるピッチャーのことを
「腕が振れてないですねー」
なんて言うけれど、
まさに、わたしはそんな感じだったのだ。
山下先生と、
「がっかりさせちゃえ」と言ってくれた某さんのおかげで、
この絵本が完成したと言っても過言ではない。
絵を描くのが楽しかった。
仕上がった絵を見た山下先生は、
とっても喜んで下さった。
ちっともがっかりなどしなかった!!!
色校は初校のみという方針だった出版社が、
色がちゃんと出るまで色校を出す、
という方針に変えてくれたのも
山下先生の鶴の一声のおかげ。
そして、ここから先は
デザイナー椎名麻美さんの出番!
今迄のこのシリーズでは(一応「子どもたちへ」というシリーズの中の一冊)
一度の色校正でOKだったんだろうに、
いきなり細かい指示を出されて
印刷所の方々もびっくりしたと思う。
それでも
椎名さんが丁寧に説明してくれて、
印刷所の人もそれに答えようとしてくださった。
何度も印刷所に通って
データ作成の人と話をしてくれて、
最終的には刷りの現場にも立ち会ってくれた
椎名さんに感謝!!
色校正をきちんと見られるデザイナーって
実はあまりいない。
「原画通りに」とか「鮮やかに」とか
そんな程度の赤字しか入れられない人が多い。
違うんだよー。
スキャニング、オペレーション、面付け、刷り順、
その他もろもろ、
どこに問題(の可能性)があるのかを探る、
今回もまた椎名さんの
豊富な経験と知識を見させていただいた。
おかげさまで
キレイな本に仕上がりました!!
最終的に特色プラスしたり、
何度も色校正を出したり、
今までより経費がかかることを許して下さった
絵本塾出版様にも感謝。
ありがとうございました!!
そんなこんなで、
途中イロイロあったけど、
わたしにとっては
大事な絵本となりました。
部数が少ないので
店頭で見かけることはないかもしれません。
図書館には入るかな〜。どうかな〜。
今までの絵と違うから
ホントにがっかりするかもしれないので、
ネット書店で買われるのは
どうかなぁ…不安だなぁ…
と、ちょっと思うのですが。。。
どこかで見かけたら
手にとってみてください。
念のため。
猫はちょこっと出て来ますが
猫度は低いです。
白木は・・・います。
宜しくお願い致します。
『だれのものでもない岩鼻の灯台』
山下明生/文 町田尚子/絵
絵本塾出版
余談だけれど、、、
色校正の際、わたしも一度だけ印刷所まで行った。
精も根も尽き果てるぐらいに疲れ果て、
途中、「来客用」として置いてあった
インスタントコーヒーをいただくことに。
お湯で溶くタイプのアレ。
インスタントコーヒーを飲むのなんて
何十年ぶり?!
クリームはもちろん粉末のアレ。
いつもは入れない砂糖もたっぷり入れて。
そのコーヒーの美味いこと、美味いこと。
泣けたわ〜。
「しみるね〜」と椎名さんと言い合った。
今まで飲んだコーヒーの中で
一番美味しかったかもしれない…。
この絵本を見るたびに
あのコーヒーの味を思い出すんだろうな〜。
(おわり)